2006年05月28日

桑名シオン今後の予定です

5/28(日)FM新潟 「beat of Lots」21:00〜「新潟ロッツで収録した音源をお送りします。

6/4(日)新潟県新発田市船入町 コモタウン内「ピオ21屋上」にて
      LIVEを行います。阿賀北観光物産展のアトラクションとして参加します。時間:12:00〜/15:00の2ステージ。入場無料。ヨサコイドラゴンとのコラボもあります!お問い合わせFM新発田 0254-23-8800

6/18(日)新潟県新発田市 豊浦公民館「和(なごみ)祭り」
       県内のヨサコイチーム(数チーム)が演舞。
       桑名シオン生歌で総踊りなど企画盛りだくさん。
       時間/13:00〜16:00

6/24(土)第7回「蛍の夕べコンサート」※(詳細は後日お知らせします)
6/28(水)ビルボードプレイス新潟 1F イタリアンレストラン「イル.マッケローネ」にてディナーLIVE決定。※完全予約制※チケットは6/3から
発売予定。詳細は6/3ブログにて公開します。



  
posted by シオン at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

通過点 

1999年5月12日にメジャーデビュー。 もう7年も経つのか。早いな。
その頃は何が何だかわかんなかったな。大工をしていた俺は、仕事が終わると大きなボストンバックを抱え、コインシャワーを浴び、着替えライブハウスに向かうという生活が繰り返されていた。ライブが終わり、関係者と反省会をし、家路に向かう。時には現場に直行だ。その頃は25歳〜26歳。身体は動いたね〜。今より体重が17、8キロ違うかね。(苦笑)でもね、、なんか俺が俺じゃない感じでね。(笑えない毎日)
唯一の楽しみが現場での昼寝。爆睡。14階建ての最上階の鉄骨に落下物防止のネットが張ってあって、俺には巨大なハンモックにしか見えなかった。
その頃は駒込にある現場だったな。近くにお気に入りの中華飯店があって、
麻婆定食500円 ご飯おかわり2杯までOK!決まりでしょ。うめーのマジで。
付け合わせのザー菜もピリ辛でね。最高なのさ。あいや、ヨダレが。。。
速効食べて、巨大なハンモックに揺られて昼寝をする。あぁーもう全てを忘れられる一瞬の眠り。気付いたら3時の一服。そして怒られる。

そんな毎日だった。俺の基本になっている部分は職人時代に培われてきたんだ。大工をやる前も色んな仕事をしてきたけど、車の板金、板前、、職人といえばこの3つかな。22、23歳位の時、東京の武蔵境で板前をやっていたんだけど、料理人は時間がないのだ。特に上になればなるほど。家に帰る時間が無いもんだから、更衣室でコソコソとシーケンサーで打ち込みをしてな。見つかって怒られた。また。
そして俺がいた店は「大手居酒屋チェーン」になる計画がこっそり進んでいたのだ。当然職人はいらない体制になる。俺は猛反発をした。結果、俺は新宿店に移動という通告をされ、焼くだけ、揚げるだけ、切るだけ、料理じゃねーよ、みたいな世界にいる必要は無いと思い、白衣を脱いだ。その頃高校時代に一緒にバンドを組んでいたドラムのNORIが同い年で大工の親方をやっていた。俺が板前をやめると聞きNORIは「俺とやってみねーか?」と声を掛けてくれた。嬉しかった反面同級生の下で働くことをチョット考えたが、追いつけばいいんだな。なーんて簡単じゃん!なーんて馬鹿俺。厳しかったね(笑)
NORIも俺に熱心に教えてくれた。毎晩図面を持ってNORIん家に通い解らない部分をとことん教えてもらった。たまに嫌な顔しながら。NORIのお陰もあり少しづつ仕事が出来るようになった頃、その頃いた会社が給料を払えなくなり、やめて二人で組んで違う会社に入った。
そこで出会った親方(今では兄さんと呼んでいる)怖かった。大抵の強面にはビクともしなかったが、いや〜ビビったね。目がするでーのさ。話もまともに出来なかったさ。兄さんは岩手の出身で、元々はマグロ船の漁師。延縄漁をしていた。しかも14歳から船に乗ったという。「兄さん学校は?」と聞いたら「あー?いいんだよ行かなくて、そんなことより仕事覚えろ」で終わりだった。兄さんは毎日俺を怒鳴っていた。馬鹿、アホ、田舎帰れ、(後は文書に書けません)ありとあらゆる怒られ方をされた。型枠大工仕事の中で
梁がけという仕事がある。無線機をつけて(いわばインカム)クレーンのオペレーターと高所作業で見えない場所でも安全に作業が出来るようにと、無線で交信し合う作業がある。いつか兄さんと梁がけの仕事をしたいとやってきた。そしてついにその日が来た。兄さんとお揃いの豹柄の作業着を着て。いやはや緊張した。嬉しかった今でも忘れない。兄さんとは家族ぐるみの付
き合いとなっていた。少し認めてくれたようだった。

ちょうど7年前の今日1999年5月12日シングル「MOON」でメジャーデビューが決まった。

兄さんは密かに俺の歌を応援していたらしいが、現場では、「何がMOONだ馬鹿野郎」とよく言っていた。デビュー当時テレビや雑誌に取り上げてもらったお陰で、いつもスカスカだったライブが階段まで溢れる程入り、その中に兄さんの姿もあった。最後は抱き合って泣いた。その半年後、兄さんから離れ、自分を試す意味でも違う大工の会社に入った。今でも兄さんの教えは染みついている。「見える部分はそれなりに、見えない部分を美しく」

旅流イベントの前に、兄さんが家を建てたということもあり、顔出した。
「早く売れろよ馬鹿野郎。」相変わらずだ。家族みんな元気で良かった。

デビューは通過点だ。今の目標は武道館で歌うこと。また突き進むぞ。




posted by シオン at 19:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

旅流草一郎 紅白出場への道 PRESENTS 「旅の途中で出逢った素晴らしき歌い手達」

本当にご無沙汰で申し訳ありません。まぁあ色んなことありすぎて何から書きましょ。(ためるからこうなるんだ)

今年に入ってめまぐるしく自分の状況が変わっている。もちろんいい方向に。4月のロマン館でのワンマンも御陰さまで(満員)大成功でした。来ていただいたお客様に深く感謝致します。次回のロマン館でのワンマンは6月中になる予定です。また是非遊びに来てください!

さて今回のタイトルにもなっている <旅流草一郎 紅白出場への道 PRESENTS 「旅の途中で出逢った素晴らしき歌い手達」>5月5〜7日間のイベントについてですが、日記で告知できなかった事を草ちゃん、このイベントに関わっているスタッフ関係者の皆さん、深くお詫びもうしあげます。

俺は4月28日から家を空けた。今回は茨城→埼玉→東京というコースだった。
メインとなった東京町田のWEST VOXで行われた「旅の途中で出逢った素晴らしき歌い手達」に参加できた事を本当に心から感謝し、そして誇りに思った。ありがとう草ちゃん!
そして大成功でしたね!大げさではなくこんなに感動したイベントは生まれて初めてだったよ。なり振り構わず歌い、騒ぎ、踊り、笑って、泣いた(号泣)した3日間はこれからの音楽人生においても、いやこれからの人生に大きな力を与えてもらいました。とにかく「旅の途中で出逢った素晴らしき歌い手達」に出演したメンバーと出身地を紹介させて下さい。

◆磯裕子(東京)◆今井洋一(ヨウピン)(群馬)◆車英子(富山)◆SWAMPSはっと(神奈川)◆ダニー(神奈川)◆take a little break(石川)◆手塚幸(長崎)◆ドンキーおじさん(長野)◆浜田伊織(東京)◆鼻毛の森(富山生息)
皆素晴らしかった。今思い出しただけでも胸が熱くなる。このメンバーと5.6日をともに過ごさせてもらった。7日は神奈川の本厚木で行われた、厚木一番街ライブにも参加した。夜は東京町田WEST VOXに戻りFFF(スリーエフ)RMS主催によるイベントにも参加させてもらった。今まだ興奮状態にある俺は何から伝えていいのかわからないし、簡単に一言でまとめることなど出来やしないし、したくないから、ゆっくり書かせて! 

とにかく素晴らしい3日間を過ごさせてもらった。
草ちゃん WEST VOX西さん VOXスタッフの皆さん本間さん、タムタム、かおりん、いそっち、お疲れ様でした。そしてありがとう!また町田に帰るよ!

<編集終えて>
草ちゃんに教えてもらった東京で発足している新潟県人会の中で、俺と同郷というところで、城下町新発田会の会長さんに今回のイベントに来てもらえないだろうかと電話をしてみた。快く町田周辺にいらっしゃる会の方々に声を掛けていただき、町田で診療所をやっている萩原さんという方に繋いでいただいた。萩原さんは3日間WEST VOX に足を運んでくれた。本当に嬉しかった。会のメンバーも誘ってくれて本当にありがとうございました。

4月29日は茨城県大子町で音楽仲間の菊ちゃんの結婚式に出席し歌って来た。
菊ちゃん、のりちゃん!末永くお幸せに!素晴らしい結婚式だったね。
ご両親にもよろしく。 






posted by シオン at 20:51| Comment(21) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月24日

告知です!

明日3/25(土)テレビ新潟(TeNY)
「ありがとう…。そして未来へ 〜地震がくれた出会い〜」
15時25分〜15時55分放送に旅流草一郎&桑名シオンが出演します。
 
来る
4月22日(土)桑名シオンワンマンLIVE[Shion's night Vol.2]
      会場/浪漫館
 
open/19:30〜  start/20:00〜
  チケット¥3.000: ドリンク/焼酎、ウイスキー飲み放題{90分内}
 
  日銭勝負に書き込み予約の場合はコメントページのメールアドレ
ス覧に記入して下さい。こちらからご案内のメールをいたします。
  ※ご注意※コメント覧内には絶対にメールアドレスは記載しないで
  下さい!お願い致します。

お問い合わせ 新潟県新発田市中央町4-5-15若竹ビル2F
「浪漫館(ロマンカン)」
          0254-26-0576
posted by シオン at 10:24| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月20日

魚野川  川口〜東京

3月6日 今日から本格的に始まる魚野川の制作。本格的にとは、そう旅流草一郎こと草ちゃんと合流し、11日の川口町での発表に向けての作業である。

先月東京で草ちゃんが構成をまとめてくれたピアノ、ボーカルテイクを
ハードディスクに録音し、持ち帰ってアレンジを始めていた。
使い慣れていない機材と格闘しながら少しずつだが進む。ようやく形になってきたかと、何度も聞き返してはやり直す。肉付けをすればするほどわからなくなる。こんな機能も使えるのか・・?など没頭しているとあっという間に朝を迎える。あーまた今日も終わってしまった。の繰り返し。

6日夜21時35分に新潟駅で草ちゃんを迎えにいく。我々を今日からテレビカメラが追いかけることになっていた。草ちゃんが新潟に降り立った瞬間からカメラを回すようだ。俺は改札で待つ。そして合流。いつもの挨拶を交わす。
自宅に移動し、一人でアレンジをしていたテイクを草ちゃんに聞いてもらった。
草ちゃん>「・・・うーんー。お前はこれでいいと思ってるの?」
俺>「わかんない・・・いや・・よくない」どっちなんだや!!
俺は自信の無いときや迷っている時に、人に合わせるような意見に摩り替えるところがある。草ちゃんは見えていた。草ちゃん>「お前が見た川口町とは違うだろ?あの田麦山で出会ったお婆ちゃんを忘れたのか?こんなゴージャスなアレンジは必要ないやろ?ピアノ一本で表現できる曲じゃなかったのか?」そして静かに草ちゃんはピアノで弾き語りをを始めた。素直に泣けたし、俺は言葉を失った。新しい機材、機能に溺れこんなこともあんなことも出来ると、本来の曲に対してのあるべき姿が消えていた。俺は恥ずかしかった。バカヤロウ!!だ。今まで俺は何をして何を見てきたんだ?
1からやらせてもらった。ピアノもまともに弾けない。時間は過ぎるばかり。
焦る。自分に苛立つ。何度も繰り返す。またそこで草ちゃんと一緒に作業を進める意味が無くなるような行為をやっている自分がいた。もうどうしていいかわからない。そんな俺の表情を見て草ちゃんは効率の問題を優先させるための意見を言う。冷静じゃないこの自分の精神状態を何度もフラットにさせてくれた草ちゃんに感謝をした。お互い眠れぬ日々が続き、心身共にギリギリのギリギリまで、全力を尽くしたと思う。この経験がまた自分を知るいいキッカケとなった。「魚野川」という曲に出会えた事に感謝する。そして二人で1つの目標に向かい突き進むことができたこと。嬉しかった。

続く
posted by シオン at 00:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月14日

出発

これから東京へ向かいます。今夜は「青山月見ル君想フ」で歌う。
今回第4回目となる「響宴」。
新潟に縁のあるアーティストによる3ヶ月に1度のイベント。

さてと...雪が酷いな。新発田がこんな状態だから...あー想像したくね。

関越トンネルを抜けるまで厳しい道のりが続くだろうなぁ。
11時に千葉入りしてギタリスト長谷川隆雄氏と合流し、リハやってから青山に移動してまたリハ。本番は19時。
音楽三昧で幸せだ。今回は新潟から一緒にイベントの司会進行をつとめてもらう、新潟お笑い集団のNAMARA所属のコンビ芸人「きぬがさ」の二人と一緒に行けるので、嬉しい。一人は寂しいもんな。事故だけは気をつけよう。

会場に来てくれるお客様の為に日本酒のお土産もあるからね!楽しみにね。
とにかく今夜青山月見ル君想フで待ってます!18:00オープン!!

それでは出発します。
posted by シオン at 04:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

響宴vo.4 -3月14日(火)

ネット環境が調子悪くてごめんなさい。メールをくれた人も申し訳ありませんでした。
もう復活しましたので。


遅くなりました!!LIVE告知です
3月14日(火)「青山月見ル君想フ」

開場18:00
開演18:15
響宴vol.4

落合みつを/石山竜市/桑名シオン
三叉路/opening 真季

前売り ¥3000
当日  ¥3500(共にドリンク代別)

■店頭発売日
2月14日16:00〜3月13日22:00迄

今回も新潟色満載。初参加のアーティストも実力派揃い!!お楽しみに

次回は地元新発田でLIVEします!
posted by シオン at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

芳野藤丸師匠(SHOGUN)のライブ告知!!

突然ですが。。。明日です(笑)

2/18(土)open18:00/ start20:00〜
場所:{原宿コロコダイル}渋谷区神宮前6-18-8ニュー関口ビルB1
お問い合わせ/tel:03-3499-5205
チケット:前売り\4,500 当日\5,000 です!
 
いやいや、いつもは すぐに売り切れてしまう(SHOGUN)のチケット。残り少し空きがあるのでもったいない!!俺も行きたいんだけどさぁ・・・行けないんです。
SHOGUNは、松田優作さん主演ドラマ「探偵物語」の主題歌{BAD CITY}でも有名です。
その他、「LONLY MAN」「男達のメロディー」などなど。なつかしー!って方もいるかもしれませんが、生はイイっすよ〜!マジお薦めです。もしかすると・・「俺たちは天使だ」の
ONE LINE BANDの曲も聴けるかも!?

いや〜誰か観に行って〜  もし行った人がいたら・・感想をきかせて(笑)

posted by シオン at 11:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

赤穂浪士47士 新発田〜上野〜高輪

「ウィーン カシャッカシャッ ウィーン」(CDを作っている時の作業音)一定のリズムは
いつも眠気を誘うが、旅に出る前は高ぶって眠くない。時計の針は1時30分。後1時間程で東京に向けて出発をする。
今回の東京は11日に行われた「第11回旧加治川村村人会」で、旅流草一郎&桑名シオンの合作
加治川村に捧げる曲「永久に〜光につつまれて」を歌う為に行った。
機材を積み込み、準備オーケー! そして今回は嬉しいことに、一人で向かうのではなく3人で行ける事も嬉しかった。他そのお二人とは、加治川村のイベント等でいつもお世話になっている伊藤さんと中野さんだ。(「永久に」を多方面で広げようと、色々考えてくれている方々で、本当にいつも感謝しています。)
いざ出発!滑り出しは順調。長岡あたりから霙が降ってきた。(嫌な予感)小千谷からもう前が見えない程の隙間無くふる雪。やはり甘くないわな。車内はもっぱら歴史の話で盛り上がる。俺は歴史には詳しくないが、越後新発田藩の堀部弥兵衛、堀部安兵衛の話になると食いついてしまう。新発田出身の人は学生時代に必ず歴史の授業で教わるであろう人物、「堀部安兵衛」新発田城の近くに銅像もあることは、地元なら知っているはず?だけど(少し不安)
俺は小学校のとき教わった記憶がある。先生は力説していたなぁ。亡くなった婆ちゃんにも聞かされた。忠臣蔵の大ファンだった婆ちゃんは「新発田出身の堀部安兵衛はな、赤穂47士の中で一番強かった剣の達人だったんだよ」って言ってた記憶がある。忠臣蔵は年末恒例時代劇。というくらいやってるよね。日本人は仇討ち好きなの?って思ったり。
「義に厚き剣豪なり!」なーんて人物が同郷出身だとなんか誇らしいというか、嬉しいね。
車内でも中野さんと伊藤さんは「堀部安兵衛は本当に新発田出身なの?」とか「色んな説があって、安兵衛の父、弥兵衛が新発田藩で上の人間と喧嘩して浪人となったから江戸にいってどうのこうの...」
よくわかんない。あーもっと勉強しときゃなぁ...今頃おせっつぅの。

/トイレタイム塩沢石打/小腹が空いたので、中野さん奥様の手作り卵焼きとキュウリの塩揉みとおにぎりをごちそうになった。もう3人はピクニック気分。しっかし美味かったなぁ〜
卵焼きなんて最高だて。味加減、というか甘い卵焼きが好きな俺にとって最高の味付け。この甘さなのに一つも焦げがないのは料理の腕前がわかってしまう。(生意気言ってスイマセン)
そしてここで1つ中野さんのオノロケ話を聞いて「はいはい」 レッツゴー!(笑)

気付けば関越トンネルを抜けた。星空が広がる。 ふーん...何じゃこの差。「トンネルを超えるとそこは星空だった」「昔おれは夕焼けで、妹はこやけだった」わっかるかなぁ〜
わっかんねぇだろな〜。 雪と戦う新潟県人は鉛色の空から解放されると嬉しい反面、やっかみの様なことを言う。ぼやきのような。俺だけじゃないはずだ。中野さんも伊藤さんも「なーんか外国に来たみたい」って。言い過ぎ(笑)思わず三人は「乾いている道路っていいね〜」

俺も限界に近づき選手交代。練馬から外環→首都高へ。竹橋ジャンクションまでお約束の渋滞。草ちゃんの住む高輪まで予想時刻を15分オーバーで着。久々の再会。3人はいつものシェイクハンド&ハグをし、会場の上野へと向かった。車内でまた歴史の話で盛り上がる。そう、
偶然にも赤穂浪士達が眠るお寺が高輪にあったのだ。(俺は知らなかったけど、皆知っていた)それ以外に江戸時代から残っているものや、歴史ある寺、神社が至る所にある。中野さんと伊藤さんは草ちゃんの話にくぎづけだ。俺はへ〜とか はぁ〜ばっかり。へへ。

無事歌い終え、帰りの道中赤穂浪士達が眠る「泉岳寺」に寄ることになり、草ちゃんに案内してもらった。真っ先に目に飛び込んだのは、大石内蔵助像が聳え立っていた。そして吉良上野介の首を洗ったとされる場所を抜け、47士の眠るお墓へ。もちろん堀部安兵衛の墓を真っ先に探した。なんと安兵衛の墓に御供えされていたものは、地元新発田の酒、「菊水」しかも「無冠帝」という酒類だ。美味い酒なんだよこれが。なんかここで無冠帝を見るとはねぇ...不思議だったね。草ちゃんの地元で新発田の歴史上の人物が繋がっているとかって思うと、勝手に運命を感じてしまったり、道中、車内で歴史の話になっていた事も単なる偶然とは思えなかったりね。「安兵衛に呼ばれたんだよ」って3人は頷いた。
皆それぞれの思いでお線香をあげていたと思う。歴史を作ってきた人物がここに眠っている。
この機会に俺も少しずつ歴史を学んでみようと思った。

2年前に初めて草ちゃん家にお世話になって以来2回目。皆で寛がせてもらった。ベランダからの眺めは最高に落ち着いた。何処までも広がる東京の青空は俺が東京に住んでいる頃より澄んでいる気がした。排ガス規制の効果なのかなぁ?というより久々の青空を見て気持ちが晴々しているのかもしれない。とにかく青空を見てるだけで1曲できる感じ。その夜、草ちゃん、草ちゃんのお母さんの御陰で素晴らしく楽しい夕食の時間を皆で過ごす事ができて嬉しかった〜!
最高!!
3人は二言目には「いや〜良かったね!」とか「楽しいね」だ(笑)
(12日)村人会翌日、伊藤さんと中野さんは俺より一足先に故郷に戻る。朝飯のあと、もう一度泉岳寺へ寄った。昨日見れなかった資料館に行こう。 と...その前に、入り口付近でお守りなど置いてあったり、赤穂浪士にまつわる資料など置いてある小さなお店のご主人の所に草ちゃんが寄った。「今朝ほど、お願いしてた件ですが...」など何か事前に我々が新発田から来ている事を話をしているようだった。「詳しい話を教えてあげて欲しい」と草ちゃんのまたまた粋なはからいに脱帽。そこでまた新事実。47士が眠っているお墓には、仇討ちに居なかった人物だが、討ち入りまでに関わった重要人物1人も眠っているのでお墓は48士が眠っているのだ。更に新潟にまつわる人物がこの中にいるという。「中村勘助」は新潟県村上市に縁があるという。そのご主人のお話を伺った後の泉岳寺の景色がまた変わった気がした。

中野さんと伊藤さんを品川まで送り、草ちゃん宅に戻り残りの2日間で現在製作中の「魚野川」を進行させる為作業にとりかかった。いやぁ驚いた。草ちゃんが日々試行錯誤している状況が今形となり草ちゃんのピアノと歌が、俺の耳、心に入ってくる。熟成し続ける曲は必要な流れと、削られて形を変えていく様子はまさにタイトル通り「魚野川」のようだ。カッコつけて言ってるんじゃなく素直にそう思えた。最近俺は曲作りに関して色々考えていた。また凄い作品に出会った。草ちゃんのピアノと歌を録音し、持ち帰り作業にかかる。

〜編集を終えて〜
今回の東京はまた色んな意味で勉強になった。
草ちゃんが影響受けたアーティストの音源や映像を聴かせて、観せてもらったり、
充実した。今俺はなかなかこのような時間は取りにくい現状。本当に良い時間を
過ごさせてもらった。また火が付いたで。

あっ!そうそう草ちゃん次はロッキーハンバーグ500g行くわ。





 
























































  







posted by シオン at 01:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

模様替え

皆様お久しぶりです。まだ生きてますよ。
実は大幅に機材の入れ換えしたり、Bフレッツ光にしたり、データーを整理したり。部屋が足の踏み場もない状態になっていました。パソコンの位置が定着せず、しかも光ファイバーの工事が終わったその日に光ケーブルが外で断線していたという始末。(後でわかった)イライラした。最近やっと繋がったのだ。お待たせ致しました。
今週末から東京へ行ってきます。上野で旅流草一郎こと草ちゃんと歌ってきます。楽しみだ。
また帰ったら落ち着いて更新させて下さい。live告知もありますからね。
お楽しみに!
posted by シオン at 13:30| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月24日

ゴスペル初体験

新潟にはまだまだ凄い人がいる。
昨年末、FMポート「カローラスターレジデンス」の最終回、番組終了後、番組ナビゲーターを務めていた坂本洋さん、スタッフ含め打ち上げをした。坂本さんが、シオンに会わせたい奴がいるって何度も言う。どうやら話の内容を聞いてると俺と音楽以外でも交流を深められるような人である事は間違いはない。歌う事が好き。熱帯魚好き。自然が好き。釣り好き。潜り好き。酒好き。女好き。下ネタ好き。完璧。その名は[ブラザータイスケ]
坂本さんは打ち上げ会場からチャンスとばかりタイスケに迷わず電話。
2つ返事で来るという。来た。(はやっ)  いや〜ディックリ!いやビックリ〜!!した。
俺に体型から顔立ちソックリー。きも〜うぃ。タイスケも坂本さんから俺の話を聞いていたらしく、話が早い。どんどん盛り上がる。しかし恐ろしい程似ている。うーん...世の中に自分そっくりな人が3人いるなどとよく聞くが、こんな身近にいたよ1人目。(写真アップしなきゃね)ブラザータイスケは以前ゴスペルグループのリーダー「KING.taisuke」という名前で4年程前、新発田の文化会館で俺と同じイベントに参加していたのだ。2日間行われたイベントで、初日はタイスケ、2日目は桑名シオン。その後すぐにタイスケはニューオリンズへ旅立ったそうだ。本場での体験、経験をへてまたこの新潟に降りたった。現在Bro.taisukeとして、ゴスペルの素晴らしさ、音楽の楽しさを広げている。経歴は書ききれないのでホームページを見て下さい。http://spiritofsouth.oops.jp/からどうぞ。
その夜、残ったのは俺とタイスケ二人。場所を変え飲み直し、最後はタイスケ邸でお泊まり。
タイスケは毎週木曜日新潟市内の教会で生バンドを入れて、ゴスペルの指導をしているという。シンガーソングライターの橋本啓子さんと一緒に行く約束をした。行ってきた(はやっ)
戸惑いながらも、皆の輪に入れてもらった。発声練習から準備運動までキチンとやったのは久し振りだった。今週の課題曲は、「I gotta feelin'everythings gonna be alright」と
「This little light of mine」と「Be with me Jesus」3曲。ソプラノ、アルト、バスの3パートに分かれて歌う。タイスケのコンダクトで皆が笑顔と体全体を使ってリズムをとる。中にはお年寄り夫婦もいた。得るものが沢山あった。この皆で歌っている瞬間全てを忘れ心から音楽を楽しめる。また来よう。ありがとうタイスケ。ありがとう坂本さん。

[編集を終えて]
taisukeの実家のラーメン屋さんに行った。ごちそうさまでした。
taisukeの妹が、お兄ちゃんが二人いるって真顔で言った。
taisukeのお父さんが笑っていた。








posted by シオン at 12:39| Comment(3) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

久々の緊張感

ラジオとはやっぱり違うね。モニターに写る自分が気になるもんね。進行役は新潟お笑い集団ナマラ所属、中村博和君と間島めぐちゃん。リハは順調。さぁ本番!めぐちゃんの紹介「新潟をこよなく愛する新発田市出身のシワナクオンさんでーす!」…ん?やっちゃったのねん。クワナシオンさんです!スイマセン!とすかさず中村君のフォロー。今まで紹介されるとき色んな名前の間違えがあったが、初めての響き。テッコンキンクリート、クリビツキンドー、アントキノニオイ、に近い感じ。短い時間でアピールは出来たと思う。ブログやlive映像、なども紹介してもらった。中村君ありがとう。
posted by シオン at 12:52| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

桑名シオン ケーブルTV出演決定

突然の告知すいません。突然の依頼だったもので。しかも新潟市内の限定です。
新潟で活躍中の芸人さんからの出演依頼だった。

新潟のお笑い集団「NAMARA」という団体がある。お世話になっているので是非紹介させて下さい(NAMARAホームページ参照)
1997年に立ち上げられた、全国初の地方お笑い集団。設立のきっかけは、同年新潟市で開催された「第1回新潟素人お笑いコンテスト」(新潟市青年ネットワーク主催 ゲスト/爆笑問題)
17組の出場者が集まり大盛況のうちにイベントは終了。その後、これからもお笑いを続けたい
という出場者、スタッフ有志が残り、お笑い集団NAMARAを立ち上げる。設立後は新潟県内を中心としたライブ活動、各地のイベント出演、テレビ、ラジオ、CM出演など、多種多様な活動を行い、新潟から全国へ発信できるお笑い作りを目指して日々邁進中である。所属芸人は10組。
その他に現役学生、社会人芸人が約20組所属をしている。ナマラとは新潟弁で「とても、すごく」の意。もっと知りたい方はこちら→http://www.namara.tv/からお入りください。

ナマラ所属の芸人さんの中でも「きぬがさ」(中村博和&金子ボボ)というコンビとは仕事、プライベートでも付き合いがある芸人さん達だ。今日の夕方、中村君から連絡が来た。ナマラが制作している番組「夕やけパラダイス」という番組の中で(中村の部屋)という毎週新潟で活躍している方々を紹介し、トークを中心とした10分位のコーナーの出演依頼だった。

もちろん受けた。久々のTV出演。画面が耐えられるだろうか。ふふ。せっかくだからアピール
しなきゃね。生歌は時間の都合上難しいが、トーク中でLIVE映像や音源を流してくれるようだ。生放送だからますます楽しみだな。

新潟市内でケーブルTVを観れる方がいたら、チューリップチャンネル9CH 18日(水)16:00から放送の「夕やけパラダイス」をチェックして下さい!ちなみに再放送は(水)19:00〜、21:00〜、24:00〜と、(金)17:00〜、19:00〜、21:00〜、24:00〜です。

posted by シオン at 22:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

今日で33歳になりました。

へへ。誕生日だ。誕生日は祝ってもらう記念日じゃぁなくて親に感謝する日だ!と言われたことがある。たしかーに!そうだけど、 誰かにおめでとうって言われるとうれしいよね。ということで、自ら33歳になった告知をさせてもらいました。

俺は子供の頃から早く大人になりたかったんだよね。理由は沢山あるけど。歳の話はさておき
今年に入って早速嬉しい話があった。

昨年の日記にも書いたが、俺の大好きなジャズギタリスト山崎英夫さんからрェ来た。
山さん>「あー桑名さん?新潟の村上市駅前にある{楽屋}っていうLIVEハウスがあるんだけど、一緒にLIVEしない?」俺>「え?一緒にと言うことは、俺のバックをやってくれるンすか?」山さん>「俺で良ければもちろんやらせてよ!」  やべぇ。興奮してきた。
2月の終わりから3月上旬でスケジュールを組んでくれるそうだ。新潟県村上市の駅前にある
タクシー会社の2階にあるライブハウス{楽屋}は知る人ぞ知る的な場所。ジャズを中心に、
ブルース、フォーク弾き語りなど頻繁に行われているらしい。新潟県村上市は県内でも有数な
観光地として全国ネットの番組でも紹介されている。三面川の鮭や、瀬波温泉、海は美しい笹川流れ、最近一番注目を浴びているのが、「村上牛」だ。全国の牛肉の品評会で2度も日本一に輝いている極上の牛肉。(腹減った。)などなど、地元の人間が観光できる程歴史があり、
また見所、食い所があるのが村上だ。俺も釣りや素潜りをしに1年に何度か必ず行く。

以前から村上でライブをしてみたら?って言われてたけどなかなか出来なかったので余計嬉しい。初めての村上ライブ。初めての桑名シオン&山崎英夫でのステージ。全てが新鮮で、また
良い緊張感を持ってやれそうだ。山さんに感謝します。そしてリハをガッチリやりたい。
また新たな自分が見つかるかもしれない。

日程が決まり次第告知します。お楽しみに!!

明日は結婚式で歌う。珍しい真っ赤なグランドピアノで弾き語り。似合う似合わない別として
2人を精一杯祝福してこよう。因みに今まで経験した中で最大級の結婚式。人数、会場ともに。すんげびっくり。
高砂(ステージ側)から一番奥のテーブルの人の顔が見えないくらい。大げさじゃないよ。







posted by シオン at 11:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

旅流草一郎&桑名シオン〜つづき〜

2次会へ向かう途中に、旅流草一郎&桑名シオンで制作中の[魚野川]の進行状況を草ちゃんが話てくれた。今この曲は草ちゃんが東京で熟成させているところ。何百通りのパターンを考え、何百、いや何千回聴いているだろうか。曲の構成など草ちゃんの話を聞いているうちに想像が膨らみ、映像が流れる。やはりすごい曲なんだ。俺は早く録音できる環境を整えておかなければならない。本当に楽しみだ。
今年は凄い年になりそうな予感がする。
やりたいことは沢山あるが、目標に向かって行こう。待ってろ!武道館!
必ず武道館のステージに立って歌うどー
posted by シオン at 18:06| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月05日

初歌い 【旅流 草一郎&桑名シオン】

川口町に行ってきた。最近の新潟県内の天候が不安定である。例年に無い県内の大雪は全国ニュースでも流れているが、半端じゃない。機材は積んだ。無理を押してでも行く理由はいくつかあるが、佐藤伸広さんしかり、昨年から親交を深めさせてもらっている方々に会える事が楽しみだった。そして、2006年から名前を改めた兄弟分「旅流 草一郎」(タビリュウソウイチロウ)こと草ちゃんに会える事も楽しみだった。50人位の集まりで、旅流 草一郎&桑名シオンは歌った。最高な一年の始まりだ。心から音を楽しめる瞬間が幸せな時間だ。皆が笑顔と拍手で応えてくれた。つづく
posted by シオン at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

2006明けましておめでとうございます!

皆様、明けましておめでとうございます!桑名シオン今年も突っ走ります。応援よろしくお願いします!

男唄 桑名シオン
posted by シオン at 02:18| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月31日

今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします!

今年から始めたブログ。自分の足跡を残すという事は大切なのかもしれない。そして、離れた人達にも俺の状況をわかってもらえる。継続は力なり。これからも続けよう。継続は力なりと言えば、[FMシバタ]桑名シオンのノージャンルは今夜で194回目の放送。76.9新発田地区しか聴けないのが残念だが、コミュニティーFM、地域密着ラジオはこれからも続けたい。リスナーの皆さん今年もお世話になりました。さて今夜は桑名シオンに縁のあるミュージシャンに生電話しちゃう。左嵜啓史→SP-D山本剛→三叉路リーダー松井正道→Eiko→橋爪晋也そして今夜のとりはもちろん旅系
SOICHROバンド。
posted by シオン at 16:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

fm port[カローラスターレジデンス] Navigator坂本洋さん

毎週金曜19:00〜20:00の1時間放送されてきた新潟県域放送局fmport「カローラスターレジデンス」が今夜最終回!?マジで?信じられん!Navigator坂本洋さんは新潟を愛する東京出身のアーティスト、プロデューサー、スタジオミュージシャン…etc様々な顔をお持ちの方です。桑名シオンが大変お世話になっているんです。坂本さんに本当に最終回なんですか?ってしつこいくらい聞いた。
真相は今夜の番組です。俺も確かめにスタジオに行きます!この日記を見た方はfmportを是非聴いて!ごめん。新潟県内限定だけど…m(_ _)m素晴らしい番組なんですよ。
posted by シオン at 12:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

西東京市柳沢の景色(東京ツアー2日目)12月12日

18才の3月上京し、自分の拠点として身を置く事にした場所は東京都西東京市柳沢(旧保谷市柳沢)高田馬場まで通う為に西武新宿線沿線に住むことは決まっていたが、俺がイメージしていた東京とは違っていた。小学校の時、お爺ちゃんに連れて行ってもらった東京のイメージが強く、東京何処へ行っても高層ビルが建ち並び、夜中じゅう賑わう店や人々を想像していたが、んなわきゃない。って突っ込みを入れられた様な感じで、夜の柳沢、新青梅街道沿いの歩道でポカーンと立ち尽くした。初めてのアパート暮らしはウキウキだったが、裸電球、窓にはヤモリ、テレビもねぇ、電話もねぇ、ってなわけで、チャカチャカエレキギターを弾く毎日。さすがに飽きる。唯一の楽しみが長渕剛さんをコピーする事と酒...は二十歳から。
んー仲間も居ないしってなわけで、バイト探し。某飲食チェーン店に決まりハッスル初日、2時間で首になるとは自分が一番予想していなかった。なんて始まった東京暮らしだったが気付けば10年いたんだな。そして初めて住んだ町が嫌で嫌で仕方が無かったのに人との出会いで今では勝手に「第2の故郷」なんてぬかしてやがる俺。
大嫌いから大好きになると思い入れも強くなるんだよね。この柳沢でLIVEをするのは1年振り。おかしなもので柳沢に暮らしている時、この町でLIVEをするなんて想像もしていなかった。離れてからLIVEをするなんても思っていなかったし。これも全てが出会いから繋がるものなんだぁね。俺が住んでる頃は無かったお店でTIME ZONE というお店。1年に1度必ずLIVEをさせてもらっている。マスターもママも大の音楽好きで、この店を拠点に出会いを広げようと我々アーテイストにとってはありがたい場所なのだ。

さぁ今回は三叉路(松井正道、川田雅之、混xxx)の3人組との対バン。初顔合わせだった。
三叉路は全国的に有名なんだよね。NHK熱唱オンエアーバトルで何度もオンエアーを勝ち取っているのだ。俺は三叉路の話はゾーンマスターや柾(マサキ)というアーティストからよく聞いていた。俺が三叉路を知らない頃から注目していた人がいた。地元で俺と一緒にラジオ番組をやっているFM新発田の吉田チーフだった。局に送られてきたサンプル音源を聞いて「こりゃあイイ!ィイッィィイォ!」ってそんな言い方はしてないけど、それくらいお気に入りで、吉田チーフの担当している「シバタ朝ナビ769」という番組で1週間パワープレイしていたという。昨年TIME ZONE のLIVEは吉田チーフがPA(音響オペレーター)をやっていた事もあり、今回、桑名シオンとの共演が決まったと聞き、仕事で行けない吉田チーフが残念がり、ジダンがジタンダをふんだみたいになっていた事はいうまでもない。ゴメン変な方向にいきそう。

今回PA自前の為昼過ぎから仕込みをし、先に来た三叉路リーダー(松井正道)こと松ちゃんとガッチリ握手。熱い男だぞこりゃ。握手で伝わる人間の熱ってあるんだよね。一緒に飯をゾーンマスター&ママにごちそうになり、サウンドチェックを松ちゃんとやった。好みがいっしょということもありスムーズに終った。本番1時間前、メンバー全員と合流。よく聞きゃぁメンバー全員新潟に縁があるし共通の話題も満載だった。世間の狭さ?んん?チャウチャウ俺達が出会うべくして出会ったのーだ。そして皆、長渕剛好きとくりゃもう言う事ナッシング。

最初は三叉路。いやー素晴らしかった。結成7年目を向かえたこのユニットはノリにノッていた。3人のハモが気もてぃイーのなんのって。アコギの弾くポジションとかもリフもよーく考えて作られているんだよね。俺も勉強になった。そして満員御礼の中オラの出番。絶好調!喋りが。いやいや。「ただいま帰って参りましたぁあ!」ってこのゾーンマスターの手作りステージを踏むたびにパワー全開になる。マスターは俺と同じ大工職人経験者。この店をショットバーからLIVE HOUSEに変えてしまうこの技術。いつも感心する。会場は完全に一体となり、
皆俺の曲を良く知っているのに驚いた。とあるお客さんはハモっちゃったりね。嬉しいね。

アンコールも終り、そしてその後会場は男だらけ。ここはいっちょう男祭りならぬ長渕祭りと勝手に題して、俺がボーカルをやらせてもらい、メンバー皆、長渕剛大先輩の完コピーをしているため、昔懐かしのナンバーから始まった。いやースゲー楽しかった!お客さんも大喜びって...本編より盛り上がってないかい?いやいやもう余計な事は考えない!この気持ちよさを心地よさを精一杯体に浴びよう!!トータル1時間半はやったな。歌いまくった。それにしても三叉路のメンバーの一人、川ちゃんのギター&ブルースハープテクには脱帽だった。

皆と別れの時間。「♪楽しかーったひと時がー今はもう過ぎてゆくー♪」カックラキン大放送のようなエンディング。お客さんの満足顔は何よりも嬉しい。俺が一番楽しんでいたって噂もあるが。素晴らしい出会いをマスターありがとう!赤さん!チケット制作や、色々心配してくれてありがとう!また大好きな東京に来年来ます!

三叉路の詳しい情報はこちらからhttp://www.sansaro.info/からお入りになって下さい。


〜編集を終えて〜
最初は孤独との戦いだった東京暮らし。気持ちを支えてくれたのは長渕剛さんの音楽だった。
あの頃すり切れる程聴いたLP「長渕剛LIVE」や「風は南から」の中から沢山歌えた事が嬉しかった。三叉路は皆俺より年下。本来俺より年上の方々がよく聴いていた音楽なのだろうけど、でも言葉の1つ1つ意味を噛み締めながら皆で演奏出来た事がたまらなかった。
今夜はこの町で長渕剛さんの曲を歌えたということが何か不思議な感じだった。どれだけ当時の俺の気持ちを助けてもらった曲があるか数えきれない。この町には俺にとって何かがあるんだな。原点みたいなものが。 新青梅街道にまっすぐ上る太陽に向かいバイクで現場に向かっていたあの頃の景色と気持ちを忘れちゃいけないんだ。この町に来る度に目と心に焼き付けて新潟に帰る。ありがとう西東京。














posted by シオン at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。